ヒトの理解に資する
システム生物学
ゲノム配列の解読を踏まえて、生命をシステムと捉え、その振る舞いを構成要素の性質やその関係性から理解する「システム生物学」が発展してきました。しかし、哺乳類、特にヒトの個体レベルの振る舞いを理解するためには、社会構造の複雑さや「環境要因」による影響なども考える必要があり、その方法論は十分に確立されていません。
本プロジェクトでは睡眠・覚醒リズムをモデル系として、「ヒトの理解に資するシステム生物学」を展開し、ヒトの睡眠覚醒において、分子レベルから社会に生きるヒト個体まで含む「生体時間」情報の理解を目標としています。ヒトをはじめとする哺乳類の睡眠・覚醒に関する分子機構の解明に向け、研究総括が開発を進めてきたヒト睡眠測定法や次世代マウス遺伝学の手法等を駆使し、遺伝子と表現型の因果関係を検証しながら、タンパク質のリン酸化制御を中心とした分子レベルでの睡眠・覚醒リズムの理解と制御を目指します。また研究総括が提唱してきた「睡眠のリン酸化仮説」は、ヒトの疲れや眠気の情報の記憶方法を解き明かす鍵となるだけではなく、精神疾患などの深い理解に基づく新たな治療法の開発において重要な生命科学としての基礎となることが見込まれます。
上田生体時間プロジェクト
ヒトの理解に資する個体レベルのシステム生物学
ヒト睡眠測定グループ集団から相関へ
ヒト睡眠測定グループは、簡便かつ正確なヒト睡眠測定手法を基盤として、ヒトにおける健康な睡眠の実態を捉えるとともに、睡眠表現型に大きな変化をもたらすレア要因をヒト集団から抽出します。
研究グループでは、腕時計型のウェアラブルデバイスを使い、高精度に睡眠・覚醒を判定するアルゴリズムの開発に成功しました。この技術をもとに、大規模な健常人の睡眠測定を進め、これまで達成されていない「健康な睡眠」の科学的な定義に至ることを目指します。
動物解析グループ相関から因果へ
動物解析グループは遺伝的・環境的要因と睡眠時間情報処理の因果関係を明らかにするため、遺伝子ノックアウト・ノックイン・過剰発現マウスの作出と、その睡眠表現型解析を並列的に行います。研究グループはこれまでにマウス受精卵に3つのガイドRNAとCRISPR/Cas9を導入することで、ほぼ全身の細胞について両アレルの遺伝子がノックアウトされたマウスを交配なしに一世代で得るTriple-CRISPR法を開発しています。また、遺伝子改変されたES細胞から、このES細胞にほぼ全身の細胞が由来するESマウス法を確立し、遺伝子ノックインマウスの並列作製にも成功しています。遺伝子改変マウスの睡眠表現型は、呼吸波形を元にした睡眠覚醒状態の判定法であるSSS法を用いて解析します。
分子制御グループ因果から制御へ
睡眠制御タンパク質の質的制御機構の解明と、その摂動を行うための戦略を一残基レベルで行います。一つ一つの遺伝子産物(タンパク質等の分子)の活性変化は、細胞レベル・臓器レベル、ひいては社会的な要因まで含めた様々な影響のもと、個体レベルの表現型の変化につながります。従って、分子活性から個体表現型の間には、容易に理解できないギャップがあると考えられることもあるでしょう。しかし、体内時計のように、個体の表現型を適切に評価すれば、分子活性の変化が、個体表現型にどのように影響するのかを、正確に理解できる例も知られています。私たちの一日の行動を支配する睡眠覚醒リズムはどうでしょうか?分子制御グループは、リン酸化を中心としたタンパク質の活性制御機構の理解と、理解に基づく摂動を通して、ヒトを含む哺乳類の睡眠表現型を、特定の分子活性変化からダイレクトに理解・操作することを目指します。