研究紹介

睡眠と体内時計の謎に迫る

研究のあゆみ:ヒトの理解に資するシステム生物学を目指して

研究総括の上田は、これまで体内時計や睡眠をモデルシステムとして、生命現象のシステムレベルでの理解を目指した研究を進めてきました。2000年代から現在まで、ヒトゲノムやマウスゲノムの解読、トランスクリプトームやプロテオーム、メタボロームなどのオミックス型研究の登場、DNAマイクロアレイや次世代シークエンサーに代表される機器開発と大規模データの解析に伴うバイオインフォマティックスの発展といったように、生命科学に劇的な変化がもたらされた20年でありました。

システム生物学は、構成要素を同定し、関係性を解析し、得られた結果をもとにシステムを制御し、さらにはシステムを再構成するという、一連のサイクルをまわしていって、生命現象をシステムとして理解しようという試みです。生命科学がシステム工学、情報科学と密な関係を結ぶことで発展してきた学術領域です。

ERATO上田生体時間プロジェクトでは、これまで細胞レベル、マウスレベルで試みてきたシステム生物学的アプローチを、いよいよヒトに発展させたいと考えます。睡眠をモデルに据えることで生命階層(分子、細胞、個体)や生命種(マウス・ヒト)を超えた共通の「知」に至り、システムの好ましい状態(健康)を定義し、どのように好ましくない状態(病気)へ遷移するのかを求めます。

本ページでは、これまで行ってきた研究について紹介します。

参考:NHKカルチャーラジオ 科学と人間「睡眠と体内時計の謎に迫る」上田泰己
無断転用、無断転載を禁じる

体内時計の仕組み(1)

時計と聞いてどのようなものを思い浮かべるでしょうか。時計は時を知るための装置であり、人間がつくってきたものには日時計、水時計、機械式時計などがあります。風変わりな時計として、様々な時間に開く花を並べた花時計も知られています。このことは花が咲くべき「時刻」を知っていることを示唆します。花だけでなく、私たちの体の中にも時を知る仕組みがあり、これを体内時計といいます。
第1回では体内時計について説明します。

体内時計の仕組み(2)

人間が作った時計には、時刻を表示する機能(例えば針)があります。しかし、体内時計にはそういった表示機能は備わっていません。それでは体内時計の示す時刻(体内時刻)を知ることはできないのでしょうか?
第2回では、リンネの花時計のアイディアを応用して、体内時刻を知る方法について、紹介します。

体内時計の仕組み(3)

体内時計は体の中で時を刻みます。いま、時を刻むために重要な分子を「時計分子」と呼ぶことにします。時の刻み方には2つのやり方があって、1つは時計分子のたまり方を指標として「量」が変化する方法です。もう1つのやり方は、あるタイミングで印をつけあるタイミングでは印をはずす、というように時計分子の「質」を変えるという方法です。
第3回は、時を刻む方法について考えます。

生命科学にできること/できないこと

21世紀に入って、生命科学は大きな変化を経験しました。何より大きな出来事は、ゲノム解読です。また、生命の仕組みを人工的につくって理解しようという合成生物学の試みも、2005年頃から立ち上がってきました。生命システムの構成要素を同定し、関係性を解析し、得られた知見を基に制御し、ゼロから再構成するというシステム生物学は、こうした研究環境のダイナミックな変化とともに成長してきました。
第4回は、この20年ほどの生命科学の進展を振り返り、生命科学にできること、できないことについて述べます。

透明化の先に見えるもの(1)

私たちの体はたくさんの細胞からできていますが、体内の様子をみることはできません。体の中までみられるように「透明化」するための先駆的な発見は、20世紀初頭にドイツの解剖学者シュパルテホルツによってなされました。私たちは全遺伝子(ゲノム)解読にならって全細胞カタログを作りたいと思い、透明化技術に取り組みました。
第5回は、透明化に成功した2014年前後の研究を中心に紹介します。

透明化の先に見えるもの(2)

2014年時点では、全身透明化といっても骨が透明にならないままでした。私たちは、透明化の化学的な基礎を築き、解像度良く深部の構造を解析するための工夫を重ねていきました。その結果、マウスの全身を透明に、小型霊長類(マーモセット)の脳を透明に、さらにはヒト組織を透明にすることにも成功しました。この発見は、病理学的にたいへん重要なものでした。
第6回では、2015年から2020年までどのように技術が発展してきたかについて述べます。

睡眠研究の現在(1)

睡眠研究には長い歴史がありますが、「睡眠は何のためにあるか」、「睡眠はどのように制御されているか」は長らく謎のまま残されてきました。「睡眠」の定義は脳波の発見によってなされました。これによって、覚醒と浅い睡眠、深い睡眠が区別できるようになりました。
第7回では、睡眠について説明するとともに、解き明かされていない謎についても説明します。

睡眠研究の現在(2)

睡眠研究を進めどんな遺伝子が重要なのか探索を重ねていくためには、いかに遺伝子改変マウスを効率よく作り出していくか、が重要な課題でした。遺伝子編集技術の登場は生命科学に革命を起こし、遺伝子改変を大幅にスピードアップさせました。
第8回では、生命科学のやり方そのものを変えていくだろう、高効率の遺伝子改変動物作成法の開発について、2つの革新的な技術(Triple CRISPR法、ESマウス法)を紹介します。また大規模に並列して同じ実験を行えるような睡眠解析技術(SSS法)も紹介します。

睡眠研究の現在(3)

睡眠研究に残された大きな謎の1つが「眠気」の正体です。眠気は誘眠物質の蓄積による、という発想で長い間研究されてきましたが、どうもそれだけでは十分でなさそうです。もう一つの考え方は、「眠気物質」に印がついていくと眠気がたまり、印が消えていくと眠気が消えていく、という考え方です。
第9回では、1個の神経細胞が「眠る」という仮定に基づく数理モデルから導き出されたカルシウムイオンと睡眠の関係と、遺伝子改変マウスを使った実験的証明について述べます。

睡眠研究の現在(4)

睡眠と覚醒の状態でカルシウムの振る舞いが大きく変わってきそうだということが分かりました。カルシウムが結合してその振る舞いが記録されるという仕組みがあれば、「眠気物質」に印がつく、ということになりそうです。カルシウムが結合する相手としてCaMK2というリン酸化酵素が良く知られています。カルシウムが入ってくると自分自身をリン酸化して活性化する、という酵素です。このリン酸化の変化が眠気を表す「印」かもしれない。私たちはCaMK2遺伝子を破壊した実験を行いました。
第10回では、この研究についてお話しします。

睡眠研究の現在(5)

睡眠は深いノンレム睡眠と浅いレム睡眠に分かれます。レム睡眠は夢見の睡眠ともいわれますが、実際にはレム睡眠中に夢を見ていることが多いだけで、ノンレム睡眠中にも夢をみることがあります。
第11回ではレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返される理由や、レム睡眠の役割について考えます。また進化的にはいつレム睡眠が登場したのか、最近の研究を紹介します。

睡眠研究の現在(6)

レム睡眠の分子基盤に関する研究は進んでおらず、レム睡眠に必須の遺伝子(レム睡眠遺伝子)が何か、これまでまったく知られていませんでした。私たちは、睡眠に重要だといわれている脳部位に特異的に発現している遺伝子の探索から、レム睡眠遺伝子の発見にたどり着きました。
第12回では、ムスカリン型アセチルコリン受容体をつくる遺伝子(M1、M3)がレム睡眠遺伝子であることを見つけるまでの顛末を、お話しします。

睡眠研究の現在(7)

体内時計の研究、組織透明化の研究、そして睡眠研究と、これまでの研究を説明してきました。
13回では、まだ解けていない謎、意識の問題、麻酔の正体、冬眠・休眠の謎について考え、眠りと死の違いから睡眠測定の社会的意義まで、幅広く考察していきます。

ページトップへ戻る