睡眠覚醒をモデル系として、個体レベルでのシステムズ薬理学を目指します.
システムズ薬理学教室は、2013年4月にスタートした研究室です。
ゲノム配列の解読を踏まえて、生体の構成要素の理解と操作から、生体全体の動的性質を理解する「システム生物学」が発展してきました。しかし、哺乳類、特にヒトの個体レベルの振る舞いを理解するシステム生物学の方法論は十分に確立されていません。特にヒトを対象とした場合、1)遺伝子型と表現型の「因果関係」を知ることが難しく、また、2)分子から細胞、個体、ひいては社会構造まで多階層の要因が絡むヒト表現型の「複雑さ」を紐解くことが難しく、さらには、3)遺伝情報だけではなく「環境要因」による影響を正確に調べることが難しい、という3つの困難があります。
私たちは睡眠・覚醒リズムをモデル系として「ヒトの理解に資するシステム生物学」を展開し、ヒトの睡眠覚醒において分子から社会に生きるヒト個体までを通貫する「生体時間」情報の理解を目指します。
ヒトをはじめとする哺乳類の睡眠時間・覚醒時間は一定に保たれていることが知られていますが、その分子機構については依然として不明です。私たちは睡眠促進リン酸化酵素としての「カルシウムイオン・カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKIIα/β)」の発見を元に提唱した「睡眠のリン酸化仮説」に基づいて、たんぱく質のリン酸化制御を中心とした分子レベルでの睡眠・覚醒リズムの理解と制御を目指します。
私たちは、これまでたヒト睡眠測定法や透明化組織観察法、次世代マウス遺伝学の手法等を独自に開発してきました。これらの手法を密接に連携させ推進することにより展開する「ヒトの理解に資するシステム生物学」は、睡眠・覚醒調節機構の解明に限らず広範な分野に応用可能であり、生命科学全体の深化に貢献するはずです。さらに「睡眠のリン酸化仮説」は、私たちの日常の活動がどのようにして疲れや眠気の情報として記憶されているかを解き明かす鍵となるだけではなく、精神疾患などの深い理解に基づく新たな治療法の開発において重要な生命科学としての基礎となることが見込まれます。その先には、精神疾患・自己免疫疾患といった複雑な病態を示す疾患の理解や治療法開発への道を拓くことが期待され、また睡眠の理解はとりもなおさず、その対照としての覚醒を照らし出すことにつながると考えられますので、意識とは何か、自己とはなにか、といった生命科学の未踏の問題へと挑む端緒となるはずです。
ERATO上田生体時間プロジェクトでは、加速度センサーを利用した定量的な測定から、日本人の「健康な睡眠」を定義することを目指しています。睡眠測定に御協力くださる企業様は是非ご連絡ください。